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健康コラム
専門医が語る病気の知識
GERDの自然史(Natural History of GERD)

 胃食道逆流症(Gastroesophageal Reflux Disease: GERD)は、胃食道逆流により引き起こされる食道粘膜のただれと煩わしい症状(胸やけ、つかえ感、呑酸、胸痛、など)のいずれかまたは両者を引き起こす病気です。食道粘膜にただれがあるびらん性GERD(erosive GERD、reflux esophagitis、逆流性食道炎)と食道粘膜のただれがないが症状がある非びらん性GERD(non-erosive GERD、NERD)に分類されます(健康コラム【びらん性 GERDと非びひらん性GERD】をご覧下さい。Click)。

 日本では、この病気に罹っている方は4〜5人に1人であり、増加傾向にあります(健康コラム【胃食道逆流症の患者数増加の要因】をご覧下さい。Click)。ご家族や友人でこの病気で悩んでいる方も多いと思います。また現在治療中で、胃酸分泌抑制剤のプロトンポンプ阻害剤(Proton Pump Inhibitor :PPI)やカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(Potassium-Competitive Acid Blocker:P-CAB)を内服中の方、以前内服していたが症状が落ち着いているため現在休薬中の方もみえると思います。皆さん、この病気が今後どうなるのか気掛かりになっていることでしょう。そこでGERDの自然史(Natural History)について述べてみたいと思います。自然史とは病気の長期経過のことです。

 GERDの自然史についての報告は少なく、よく分かっていない部分もありますが、日本人のGERDについての報告を見てみましょう。逆流性食道炎の長期経過では、軽症の逆流性食道炎で無治療の患者は5.5年間で10.5%が軽症から重症の食道炎へ移行、29.5%が治癒、60.0%が変化を認めなかったとの報告(J Gastroenterol Hepatol 2002;17:949-954)があります。また5年間の経過観察で健常者の11.3%から軽度の逆流性食道炎を発症したと報告(J Gastroenterol 2006;41:440-443)されています。NERDの長期経過では、5年間で36.2%が軽症の逆流性食道炎に移行したとしている報告(J Gastroenterol 2006;41:440-443)があります。健常者やNERD患者から逆流性食道炎への移行は比較的少なく、例え移行したとしても軽症に留まることが多いようです。

 逆流性食道炎の長期経過として問題となってくるのが合併症であり、少し古い海外のデータですが、食道潰瘍 (2-7%)、出血(2%未満)、穿孔(消化管壁に全層性の穴が開くこと、0.2%未満)、狭窄(消化管の内腔が狭くなった状態、4-20%)、バレット食道健康コラム【バレット食道・バレット食道癌】をご覧下さい。Click)、10-15%)などが報告(Digestion 1992;51:24–29)されています。PPIやP-CABなどの強力な胃酸分泌抑制剤によるGERDのコントロールが可能である現在では、これらの合併症の頻度は減少していると思われますが、胃酸分泌抑制剤を内服していないケースでは問題になると思われます。またバレット食道からバレット食道癌(食道腺癌)の発生(健康コラム【バレット食道・バレット食道癌】をご覧下さい。Click)に関して、日本人ではその頻度は少ないですが、逆流性食道炎と診断されたらバレット食道になっていないか、定期的に検査する必要があります。いずれにせよ長期経過においては上記の合併症を監視していかなければなりません。尚バレット食道はPPIでその進展を抑えることができるとされています(Am J Gastroenterol 2004;99:1877–83)。また最近、PPIとアスピリンの併用療法がバレット食道患者の予後を安全かつ有意に改善する(Lancet 2018;392:400-8)との報告もあります。

 ここで最近のトピックス。食道疾患専門の医学雑誌に発表されたGERDの自然史についての総説(Dis Esophagus 2017;30:1-9)です。GERDの自然史には歴史的論争があります(図参照)。それはNERD、逆流性食道炎、バレット食道がGERDの3つの異なる表現型(categorial disease hypothesis、カテゴリー疾患仮説)であるのか、この疾患の連続的なスペクトラム(continuous spectrum disease hypothesis、連続的スペクトラム疾患仮説)の一部なのかという問題です。前者では、患者は生涯を通じて同じクラスにとどまる傾向がありますが、後者では、あるクラスから別のクラスに移ることができます。現在のところ、連続的スペクトラム疾患仮説が支持されています。世界の文献でGERDの自然史を検討すると、NERDと軽度の逆流性食道炎はそのままの状態に留まることが多く、NERD から逆流性食道炎、逆流性食道炎の軽症から重症、逆流性食道炎からバレット食道への移行はそれぞれ0-30%、10-22% 、1-13% であったとしています。

【図説明】
左側はカテゴリー疾患仮説、右側は連続的スペクトラム疾患仮説。カテゴリー疾患仮説では、NERD、逆流性食道炎、バレット食道がそれぞれ生涯を通じて同一のクラスに留まり、逆流性食道炎では消化性潰瘍やそれによる狭窄が、バレット食道からは食道腺癌が生ずることがあります。連続的スペクトラム疾患仮説ではNERDから逆流性食道炎、そしてバレット食道へと別のクラスに移行しうることを示しています。